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コラム129 雑種船の怪 |
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北海道のある港から、四国松山港にやってきた大型貨物船が港内で写真のような小型
船を船首右前方に見たとしよう。どうやらこの船は貨物船の船首を左方に横切り衝突しそ
うだ。 さて双方どうするか。
ヒント 1、松山港は港則法適用港である。
ヒント 2、港則法第3条(定義)この法律において、「雑種船」とは、汽艇、はしけ及び端舟
その他ろかいのみをもって運転し、又は主としてろかいをもって運転する船舶をいう。
ヒント 3、港則法第18条第1項「雑種船は、港内においては、雑種船以外の船舶の進路
を避けなければならない。」
ある人曰く、写真の船は小型船でモーターボートに違いないからヒント2の雑種船だ。
そうすると、ヒント3で大型貨物船を避けなければならない。
ところが、正解は、なんともいえないである。 |
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理由は最高裁判決で、汽艇とは主として港内を運航する小型汽艇をいうとの判例(最高
裁昭和二六年七月三日第三小法廷判決 昭和二五年(オ)第六〇号裁決取消請求事件
)である。
この判決の判旨は「開港々則施行規則一四条は、……港内を往復する小型の船舶に
対して港内の安全を期するため避譲の義務を負わせ、以てそれ以外の港内に出入する
船舶に運航の便宜を与えるという趣旨もあるのであるから、同規則四五条一項に所謂汽艇
とは主として港内を運航する小型汽船と解すべく、」云々である。
海難審判は判例に拘束され、写真の小型船が主として港内を航行するのであれば、雑種
船であるから、大型貨物船の進路を避けなければならないし、これがしばしば港外で遊漁
するのであれば、主として港内を航行するものではないからとの理由で横切りの航法を適
用して貨物船側が避航船、小型船側を保持船とし、衝突が発生すれば主因一因(貨物船側
不利)があり得ることになる。 先例裁決をいくつか示そう。
雑種と認めた事例 では、
★港内では停留中のゴムボート(オールで漕ぐ)は雑種船である。
★港内の造船所で修理船の綱取りに従事する作業船は雑種船である。
★主として港内において、停泊船に対する荷役要員の送迎や荷役要具の運搬、艀のえ
い航その他雑役に従事する総トン数17トンの機船を、港則法第3条第1項に規定された
雑種船中の汽艇に相当するものである。
★主として港内で交通艇として使用されていた総トン数22トンの機船は雑種船である。
★港内において艀のえい航その他荷役関係の雑役に従事する総トン数4トンの引き船は
港則法の雑種船である。
★港内で停泊船の修理のため使用される総トン数9トンの交通航は、港則法の雑種船で
ある。
★京浜港内で、主として岸壁築造工事の作業員輸送に従事する長さ10.50メートルの交
通艇は港則法の雑種船である。
★櫓を使用していた動力漁船は雑種船である。
★主として京浜港各区相互間の貨物輸送に従事する総トン数16トンの貨物船は雑種船
である。
★ろをもって運転する木製無動力のいわゆる伝馬船は、港則法第3条第1項に定める雑
種船である。
★登録長8.20メートルの鋼製の作業船兼交通船は雑種船である。
★総トン数13トンの貨物船で港内の警戒業務に従事しているものは雑種船である。
★1本釣に従事する長さ約7メートルの漁舟
★総トン数8トンの港内において、停泊船への食糧運搬に従事する総トン数8トンの機附
帆船は雑種船である。
★総トン数3トンの主として名古屋港内で釣漁に従事する伝馬船型釣舟は雑種船である。
雑種とは認めなかった事例
☆港内と港外の間を航行する長さ8.33メートルの木造動力遊漁船兼交通船は雑種船
ではない。
☆船底開閉式構造の土運船で、本来その作業の関係上港外まで行動する総トン数19ト
ンの機附帆船を、たまたま埋立工事期間中、前田火力発電所の石炭からを処理するため
港内のみで使用されていたからといって、港則法の雑種船とは認められない。
☆長さ9.80メートル甲丸は、船舶検査証書には、遊漁船兼磯釣渡船兼交通船と記載さ
れているが、専ら遊漁船として使用され、その航行範囲が徳山下松港だけでなく同港外
の野島南方にまで及んでいるので、雑種船に該当しない。
☆港内衝突で、漁舟4トン、動力遊漁船5.65メートルの両船共に雑種船ではない。
☆総トン数25トンの油送船については、港則法に雑種船の規定があるのは、港内の船舶
☆総トン数19トンの引船は、主として港内において艀の曳航に従事する引船であるが、
外見上でその活動範囲を判断することは困難であるから雑種船とは認めない。
☆ 港則法第3条に規定する雑種船の汽艇とは、主として港内を活動範囲として港内の
交通や航洋船の荷役その他の用途に使用される小型の船舶と解され、専ら港外の釣場
で使用されている船舶を雑種船と認めるのは相当でなく、港則法第18条第1項の適用は
ない。
以上のとおり、主として港内が活動範囲でなければ雑種船とは認めないのであるから、
写真の船を一瞥して雑種船とは即断できないということになるのである。
しかし、これは誠に不可解な話である。
再度、最高裁判決を見てみよう。判決は次の点で矛盾しているのである。
それは、港内を往復する小型の船舶に対して港内の安全を期するため避譲の義務を負
わせるというのであれば、港内を航行する小型船舶の全てを雑種船とみなすのが港内の
安全確保のために最も合目的的な解釈であろうに、これを主として港内を運航する小型
汽船に限るというのは矛盾した論理である。
全く同型の小型船と遭遇したばあい、一方が主として港内だけで使用されるのであるか
ら雑種船であり、他方は港外を航行することがあるから雑種船ではないというのは、根拠
希薄な条理に反する解釈だろう。
そのような解釈をするのであれば、実務上、航法の適用をどうするかである。
港内で小型船を認めたとしても、それが主として港内で使用されるかどうかを知る手段
はなく、それが雑種船かどうかを認識することができないのであるから、衝突のおそれの
生じた時点で、いずれの航法を適用するかの判断不能である。つまり、小型船側を雑種船と
して、港則法第18条を適用して相手船に優先避航させるか、或いは冒頭の例のよう
に海上衝突予防法第15条の横切り船の航法を適用して貨物船側が避航船となるかどうか
の判断ができないということである。
たとえば、港内で追い越されていた小型船側が、自船が雑種船であると認識していたと
し、追越す側の大型貨物船を避航しようとして右転したが、貨物船側は相手船が雑種船か
どうか分からないから自船限りで避けようと右転したため衝突するなど航法の混乱が生じ
ることがあり得るだろう。
ある港則法の解説書には「雑種船以外の船舶は、相手船が雑種船であるかどうかの判
断を誤らないように注意し・・・」と書いているが、では相手船が汽艇の場合、どうやって
雑種船と判断をするかについては説明がない。この本は海上交通関係法令書のハウツウも
のとしてはベストセラーだが、よく売れているからといって中味に問題がないとはいえな
い見本のようなものである。
操縦容易なる船舶は、より不自由なる側を避けるの条理を港内航行に適用してこそ港
内秩序を維持することができるのだ。
最高裁判決の時代と比べ、港内を航行したり停留する小型船が著しく増加している昨
今であるのに、惰性と言うか、マンネリというか、雑種船の航法の解釈が内蔵する弱点に
も気付がず、あるいは気付いているかもしれないが、不合理な化石的な判例をそのまま踏
襲して事足れりとするのは馬鹿げている。
まさに「雑種船の怪」というべきであろう。
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