コラム163 ある船主の嘆き

 平成20年5月27日08時45分頃のことであった。ある引船は台船を曳航して瀬戸内海
生口島瀬戸田港から伊万里湾に向かう航行の途、関門海峡西口を過ぎ響灘を西航中、福岡県脇
田漁港を発し同県女島付近の漁場に向かっていた漁船と衝突した。当時の天候は視程150メ
トルばかりの濃霧であった。
この事件は門司地方海難審判所で審理され、同年11月27日裁決が言渡された。
裁決の主文はこうだ。

 本件衝突は、海栄丸が、視界制限状態における運航が適切でなかったことによって発生したが、
ともV引船列が、視界制限状態における運航が適切でなかったことも一因をなすものである。
受審人Yを戒告する。受審人Kを戒告する。

 これは、主因一因で、漁船側の所為が本件発生の主たる原因であり、引船列側は一因と読めば
いい。過失割合としては7対3とか6対4ということである。
 よくある事故形態なのだが、審理の過程で、次のような面白いやり取りがあった。
 
 漁船の船長に対して視界制限状態時の信号について尋ねたが、吹鳴方法を全く知らなかった。
 また、このような場合、どちらが避航するかの質問に対して自船は漁船だから相手船(引船側)
が避けるのだと述べたのである。一方、引船側の船長も信号方法を知らなかったし、自船は引船
だから、相手船が避けるといったのである。
 両船長ともに小型船舶操縦士の操縦免許を受有しているのであるが、養成講習で免許を取得し、
その際、終了試験問題は事前に教えてもらったと述べたのである。
 しかし、裁決内容を一見しても、両船長がこの程度の資質であることはわからないし、両人共
に裁決の文言を理解することは難しいようである。
 
 このような受審人らに対して将来を戒め、同種海難の再発を防止させようとするなら、関係法
令を十分に習得し理解すべきであるといった指摘や、船主に対して再教育を行わなければならな
いなどとの指摘が必要であろうに、海難審判裁決はそこまで言及しないようである。
 しかるべき機関で再教育を受けさせる。その終了証明があれば、懲戒を軽減するようにすれば、
再発防止に寄与できるだろう。教育には金がかかるものである。言い換えれば、時間と金がなけ
れば教育はできない。
 船社、漁協は定期的な船員教育を積極的に行わなければなるまい。
 この事件は、海上衝突予防法など海上交通関係法令に無知なことによって生じた典型的な事故
である。船主にも責任があろう。
 しかし、繰り返し、機会を捉えて安全運航について注意を喚起したとしても、事故は起り得る。
筆者が良く知っている某船社の社長は、安全運航について長年に亘って十分な教育をしていると
思っている。しかし残念なことに外国船と衝突し、その結果自社船は沈没してしまったのである。
 乗組員に死傷がなかったことは不幸中の幸いであった。 
 社長は、その嘆きを所属全船乗組員に知らせたがその内容を紹介しよう。
 「7月に入って雑事に追われていた私は、久々の3連休とあって、暑さも返り見ず19日20
日と岡山県の山奥にキャンプ場を予約していたのです。しかし、近日の間に2件の小事故が続い
ている事に、何故か胸騒ぎを覚えていました。
 今から思えば、此の道40数年の嗅覚が働いていたようです。なかなか眠れない熱帯夜をウト
ウトする間に、まるで予測したかのように19日0110時、深夜の電話がけたたましく鳴り響
きました。各家庭では完全に眠りについている此の時間に、私の電話が鳴る事は、予想するまで
も無いことです。それは超重大事故の知らせ以外には、根拠の無い無情なベルの音です。

 電話の向こうには予想を反して、女性の声には一瞬驚きと安堵があったのは瞬時のことです。
「もしもし夜分恐れ入ります。私は明神丸船長の家内ですが、実は主人の船が御前崎沖で衝突し
て沈没したらしく、全員がボートで脱出していると連絡が入りました!主人は脱出のとき携帯を
海に落としたため、社長の電話番号が判らないので、私に代理で電話してくれと頼まれました。
その前に下田の保安部には通報をしました!」
 まだ寝覚めで完全に意識が戻らない私への、冷静完璧な対応の伝達でした。
 しかし、ここから先のサイコロは完全に私に向かって投げられたものです。夜中の電話に家内
が心配顔で私の部屋を覗く「また!衝突したの〜どうしたん!」「馬鹿!黙っとれ−!」その怒
鳴り声が終わらないうちに、多方面より一斉に電話が鳴り始めたのです。

 「下田/御前崎/清水/各保安部 サルベージ 保険会社」と連絡が集中し始めました。 
 寝覚めのまま、無情の結末は頭の中を駆け巡っていたのも柄の間、事故の深刻な実態は次第に鮮
明に見え始めました。此の重大事故の信じがたい事実を否定するためには「何と運が悪い」と、
運命論で捉えてしまいがちです。しかも、唐突には運が悪すぎるとしか、心の整理は出来ないも
のです。
 眠っていた枕元に突然の「沈没」はイビキで眠っている喉元に、鋭い刃を突きつけられたような
刹那さでもありました。そして意識は逃げ場を失い、ぐずぐず言う家内を怒鳴りつける程度のこと
でした。

 それでも私は混乱する意識の中に、自分の姿勢を立て直すのです。
「よし!事実を直視する」。「逃げてなんに成る!」「此の事実を受け入れよう!」

 その為には「今、出来ることを積極的に片付けて前進することである」早速、数日分の衣類と
我慢をバックに詰めて、まず会社、まず現地へ飛ぶことから私の苦渋の行脚は始まりました。
 私は0300時家を出ました。即座に家にある僅かな有り金を全部持ち出して、家内には「キ
ャンプ場のキャンセル」を言い渡し、頬の筋肉のこわばったまま、まるで有り金をかっさらった
ドロボーみたいに、深夜の家を後にしたのです。

 又しても連休初日の大事故の発生です。

 今から思えば2年前のお盆連休の初日にも、惨めな思いのまま清水へ向かう私が居ました。其
の事故の結審が終わらぬ間に、又しても、同じ方向へ同じ事故のために、忍従の旅が始まったの
です。私には一体前世にどのような生き様があったのだと、やり場の無い苦痛は、自己の内側に
持ち込みがちの心境になるものです。

「皆さんは、私がこんな思いをしてまで、何故社長の席に居るのか?辞めれば良いではないか」
と素朴な疑問が生まれるかもしれません。それでは本音を申し上げましょう。「責任とは、辞め
時を選ぶことだとは思いませんか」「自分で始めて自分で壊して、辞めて行きましょう」「それ
は人生にも負ける事だと思いませんか?」「確かに限界です! 」しかし「辞めて楽に成る事は、
余りに無責任だと思います」「皆さんに今日まで私が言い続けている安全遵守に対しても、私自
身が背く事にもなるのです。」様々な意見や中傷や非難は有ろうと思います。そして、そんなに
長くは続けられないとしても、「私は此の会社に安全運航が定着した時、よしんば出来ないとし
ても其の半ばが築けた時、私は笑って去れるのだと思います。」
 此の終わりのない旅路も一心に努力すれば、やがては終わる日が必ず来るでしょう。それまで
此の愚かな海難事故と力の限り、戦い続けて行くのだと思います。

 御前崎には当日の1200時には到着しました。各方面への挨拶とお詫び、そして何よりも良
くぞ無事であった、乗組員の皆さんとの面談。時間を置かず、彼らの当日の宿泊先の手配。猛暑
の御前崎に場違いの私が何故居るのか、余りにギャップの多い現実も、息つく暇も無くテキパキ
と段取りを踏んで行きました。其の夜は打ちひしがれる乗組員4人を無事に連れ帰り、一睡もし
ていない彼らのために、一部屋ずつのホテルを準備させて頂きました。

 反省を含めた夕げの会食では、其の食堂から波に洗われる磯がよく見えました。 何事も無か
ったように佇む、無言の灯台が見えます。暮れかけた其の先の、海の果てには「明神丸」と言う、
明るく神に守られるはずの船名は、もう浮かぶ姿はないのです。
 皆さん!知っていますか?船の沈んだ海を見る事は、たまらなく寂しいものです。 それはそ
れは、たまらなく悲しいものです。船がすすり泣く声が、何故か頭の後ろから聞こえてきます。
まるで風の音と波打ち際の音が重なって聞こえてくるのです。
 ショックで箸も持てない当事者の甲板長。 悔し涙にこぶしを握る船長。 其のこぶしに、大
きな涙の粒がポタポタと落ちるのです。
 その涙を見ながら、私は言いました「皆さんがこうして元気で怪我も無く助かった事は、本当
にありがたいことです。命があれば又必ずお返しは出来ます。とりあえず元気を取り戻して、目
の前の取調べをシッカリ受けましょう。そのためには悲しくても、食事は取って下さい。そして、
心配している家族にせめて元気な声を聞かせてあげて下さい。そのために本日は個室としました。
」「船長の悲しみもわかりますが、本当の悲しみは此処で耐えることです。そして又、別の機会
が与えられたら、此の海に花束を捧げましょう。そして、更に此処で体験した事故の悲しみに、
一層の安全であることへの感謝を持ちましょう。」此処まで話せば、堪えているはずの私の目に
も、一杯の涙が溢れて来ました。

 波もない平穏な此の海に、まさか手も足も、もがれた船乗り達が涙する事実。
 海から見るはずの灯台は、暗い海を明るく照らして廻る。その下に5人の男が海を眺めて涙する。
余りに寂しい結末ではないでしょうか。
 「油断するな!気を付けろ!いつでも船長を起こせ!事故はいつも貴方の背後に居るぞ!」そ
んな言葉を幾ら投げ掛けても、判らない輩が居ます。 引き起こして泣くより、ほんの少し真面目
に考えれば、なんでも無い当直姿勢ではないでしょうか。

 こうして2日間の長い長い行脚は、終わりと同時に帰路の新幹線。
 明日からは又、多方面への苦渋のお詫びが始まるのです。
 此の事実を根本から解明しなければ、海の底、深くに眠る「明神丸」にも申し訳が無いのだと思
います。 そして、抽象的な運命論なんかに逃げてはいけないことを自分に言い聞かせながら、今一度、


難事故の原点に立ち戻ることにしました。

 海難事故は船と言う設備や、職場が起こすものではないのです。
 乗組員そして其の指導者が起こすものです。此の原点を今一度かみ締めて、此の事故の原因と対
策を、可能な限り掘り進めて行く義務を感じます。

 どうか皆さんも真剣に考えて読んで下さい。そして、気がつくことがあれば何なりと申し出て、
協力を御願いする次第です。
 そして、何時か築こう、事故の無い明るい皆の会社を作ろう。此のセフティーマークの作業服
を着ることが、誇りに成る日が来るまで、声掛け合って頑張りたいのです。

 安全は決して難しいことでも、高嶺の花でもないのです。「安全の基本は皆の協力」といわれる
ように、一人一人が災害絶滅の決意も新たに一致協力し、不幸な災害を一つでも多く無くすように
努力しさえすれば、着実に災害はなくなるのです。「健康は最大の幸福なり」と言われているとお
り、幸福な人生を送るためには、災害で身体を損ねたり、あるいは死に至るようなことは、絶対に
避けなければならないのです。

 此処に、海難に遭遇された乗り組みの皆さんが、誰一人怪我も無く、無事で居られた、乗組員の
生命の専厳を守る事が出来ました。
 失った悲しみとは別に、此の無事を大きな喜びとして、明日への糧にしたいと思います。」
  
 以上のような嘆きは、事故を起こした船社共通のものに違いない。中国最古の詩集「詩経」小雅の
一節はこう言っている。
不敢暴虎 あえて虎を手打ちにせず
不敢馮河 あえて河を徒<かち>渡らず
人知其一 人は、その一<いつ>を知るも
莫知其他 その他、知るなし
戰戰兢兢 戦戦競競<せんせんきょうきょう>として
如臨深淵 深淵<しんえん>に臨<のぞ>むが如く
如履薄氷 薄氷<はくひょう>を踏むが如し。

 意訳すると、「虎を手討ちにしたり、大河を歩いて渡ろうとするのは馬鹿げたことである。人は、
何か知っているといったところで、大方のことに精通しているわけではない。そうだとするなら、
何事を行うにも、深い淵に立ったり、薄い氷の上を歩くときのように、常に恐れ慄<おのの>いて
注意深く事を運ぶべきである。」ということになろうか。
 乗組員諸君は、詩経に述べられているような心境で船内作業や航海当直に就き事故を未然に防止
してもらいたいものだ。



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