コラム146 無能で不埒な当直者(1000万カンデラの勧め)

 漁船と一般商船との衝突で、商船側の当直者が言うのに、左方からどんどん接近して
くるのは分かっていたが、漁船は漁ろう中ではないし避航船であり、小型だから真近に
迫っても相手船限りで避航できるから、こちらは、そのまま航行していた。
 ところが、一向に避航しないので慌てて右舵一杯としたが衝突してしまった。後で聞
いてみると、自動操舵で航行し、船尾で漁獲物の選別をしていたので、衝突針路で商船
に近づいていることに気付かなかったという。 よくある話だ。
 漁船側が居眠りしていたり、用便や、食事のため降橋して船橋無人ない無人同様の状
態であることも多い。いずれも漁船が商船の存在に気付いていたなら、命が欲しいはず
だから必ず避航するだろう。
 逆に言えば自船の存在を相手船に知らせることが肝要であるということだ。
 知らせる方法として、汽笛の吹鳴、探照灯の照射、VHF電話による呼びかけなどが
あるが、他船の避航に期待して有効な注意喚起や警告信号を行わないという、横着な態
度も衝突の原因であることが多い。
 しかし、知らせるといっても、見ていなければできないのは当たり前のことで、双方
共に相手船の存在を知らなかったことから衝突したという事例もままある。
 

 海難審判裁決では、衝突の原因として見張り不十分(見張りを怠っていた。)動静監
視不十分(相手船を見るのは見たが、その後は見なかった。)を指摘する。そのとおりで
あるが、人間のすることであるから、居眠りもするだろうし、つい注意が散漫になって
接近する相手船を見落とすことがある。 衝突の本当の原因はこれだ。
 そこで、たまたま、肉眼で相手船の存在を見落とすことがあったとしても、例えばレ
ーダーのガードゾーンの活用で、相手船の接近を知ることができるようにする、
 つまり、ハード面でのバックアップシステムである。居眠り防止援助装置、レーダー
見張り援助装置などはこの目的の為のものだ。
 ところが、「そんなことよりも、居眠りしないようにすること。眠気を催したら交代
者や機関室当直者に昇橋してもらう。動き回ったり、コーヒーを飲む、窓を開けて外気
に当たる。などの対策のほうが先だ。」と、ご託宣を垂れる者がいる。
 そんなことは通常の船員なら百も承知なのだが、分かっていてもそれができないから
衝突や乗揚げが発生しているのだ。
 船員に聞いてみるがいい。「眠気を催したらどうするか。」そうすると優等生の返答
が返ってくるだろう。人間の注意力だけに依存する防止対策である精神論も結構である
が、そのようなことを繰り返し述べたところで抜本的な再発防止には程遠い。
  このように、衝突防止の要諦は確実な見張りの確保が大前提であるが、見張りによっ
て得られた情報を活用して必要な措置を採ることのできる能力も当直者には必要である。
 ところが、無能で不埒な当直者がいる。
 漁船第十八光洋丸は平成15年7月2日02時25分沖ノ島灯台から044度14.2
海里の地点でまき網による漁ろうに従事していたところ、大韓民国釜山港を発したパナマ
籍貨物船フンア ジュピター(実質船主は大韓民国の興亜海運で大韓民国船員11人、中
華人民共和国船員3人乗り組み)がなんらの避航動作を採らないまま接近して衝突した。
 衝突の結果、光洋丸は沈没し、船長他5人が行方不明となり、1人が死亡し、8人が負傷
するという大惨事になったのである。
 本件は、平成16年12月17日門司地方海難審判庁で裁決が言渡されたが、理事官は
これを不服とし第二審の請求を行った。翌年の平成17年10月14日高等海難審判庁で
裁決が言渡された。主文はこうだ。
 本件衝突は、フンア ジュピターが、見張り不十分で、まき網による漁ろうに従事中の
第十八光洋丸を避けなかったことによって発生したものである。 フンア ジュピター船
長に対して勧告する。フンア ジュピター二等航海士に対して勧告する。

 これは貨物船側の一方過失の裁決である。裁決で勧告が言渡される事件は珍しいが、本
件では当然だろう。
 裁決は要旨次のように述べている。
 興亜海運は,大韓民国ソウル市に本社を置き,約50隻のケミカルタンカー及びコンテナ
専用船の管理及び運航に携わるもので,日本には9ないし10隻のコンテナ専用船を配船し,
北海道から沖縄までの33港に寄港させていた。
 興亜海運は,フ号の実質的な船舶所有者であり,かつ,同船の国際安全管理規則における
船舶管理会社であり,船長及び二等航海士の両指定海難関係人を雇用して同船に配乗していた。
 同社は,2000年から2003年6月までの間に,日本沿岸において,自社運航船が5
件の衝突海難を発生させており,その都度見張りや服務の強化を指示したり,訪船指導など
の対策をとっていたものの,見張りなど安全運航の基本に関する事項を徹底していなかった
ばかりか,航行海域における漁船の操業形態についての教育,操業する漁船に対する早めの
避航などについての指導啓蒙及び当直要領の順守について十分な指導を行っていなかった。
 このように裁決は淡々と述べているのであるが、とんでもない船社だ。

 貨物船フ号の船橋当直は二等航海士(22歳)と操舵手の二人で、レーダーを作動させ、
自動操舵で航行していたが、光洋丸船団の存在に気付いていたというのに、正船首方向に見
え続けていた光洋丸に原針路原速力のまま衝突したのである。
 裁決によれば、航海士は光洋丸船団を漂泊して操業するいか釣り漁船と思い、時折目視で
前方を見たり、双眼鏡を使用して前方を見たりしたものの、それぞれ一瞥するだけで、操舵
室内を歩き回ったり、右舷側寄りの前部窓際で後ろ向きになって操舵手と会話したりしなが
ら続航していたといい、船団の1隻に対して、シグナルライトで信号を送っていたところ、
衝突の僅か前に至近に迫った光洋丸を視認し、慌てて、操舵手に右舵一杯を令したが、効な
く衝突したものであるということである。
 しかし、衝突2分ばかり前には、貨物船から見て船団は正船首左方15度ばかりの範囲に
見えていたのであるから、仮にその範囲内にいた1隻に対してシグナルを送っていたとして
も、正船首方で全ての灯火を点灯し、また探照灯を照射している光洋丸を見落とすなどいう
ことなどあり得ない。航海士も操舵手も椅子に座って眠りこけていたのではないだろうか。
 筆者はシグナルを発したというのは出鱈目に違いないと思っている。

 裁決は、「貨物船の船長が昇格して日が浅い二等航海士に、当直を任せる際、航行海域にお
ける漁船の操業形態及びその実態についての啓蒙や当直要領の指導を行わず、夜間、操業す
る漁船群に遭遇したときは、これらに接近しないように予定針路から大きく外すことをため
らわずに行うことなど、漁船との衝突防止に関わる指導を十分に行っていなかった。」と述
べている。
 しかし、操業の実態を知っているか否かに関わらず、正船首方のまま接近する明るい灯
火を点灯した船舶というのは間もなく衝突する態勢にあるのだ。抗弁にはなるまい。
 こんなことは、船橋当直を任される者だけでなく素人でも分かる。
 外国人船員には、この程度の技量しかない者が珍しくない。無能、無知、無謀、不埒であ
って船橋当直に従事する資格はないといわざるを得まい。
 このような船員を配乗している会社にも問題があるのだが、この会社は指定海難関係人に
は指定されなかった。
 裁決は船長及び二等航海士に勧告する旨を言渡したが当然だろう。
 福岡地裁小倉支部では二等航海士は「以前から入港時刻の遅れを危惧し直前まで進路を変
更しないなど違法、危険な航行を繰り返していた。」、「事故当日も前方に漁船団を見つけ
たのに、運動不足の解消として操舵室を歩き回って前方を注視していなかった。」とされ検察
側は「故意犯にも匹敵する危険且つ無謀さで、責任は重大」として懲役5年を求刑した。判
決は懲役3年の実刑であったが、二等航海士は量刑不当を主張し控訴した。

 さて、この海難の再発防止対策である。
 筆者はこの漁業会社をよく知っているが、先般、網船の船長に強力なポータブルサーチラ
イトをプレゼントした。光度1000万カンデラである。犬吠埼灯台は200万カンデラ(
1カンデラは1.0067燭光)であるから、このサーチライトの頼もしさが分かろうと
いうものだ。
 漁船に贈呈する前に、春一番U世号で効果を確かめて後、阪九フェリーのカーフェリー
「つくし」の松本勝一等航海に依頼してテストをしてもらったところ、約1000メートル
の距離でも光軸がはっきりし、漁船を照射したところ、逆に照射してきたとの知らせを受けた。
 操業中にはこれを運搬船に搭載しておき、再び不埒な船が接近したなら相手船に接航して
船橋内を照射して避航を促すように勧めている。
 これは僅か1万円程度のしろものだが、阪九フェリーの社船が予備として準備している
10万円もするものより、はるかに有効である。
 
 夜間、一般商船が、接近する不審な漁船を認めたなら、これを照射すると同時に双眼鏡で
相手船を見る。人影が認められなかったり、後部で作業しているようでも照射によって自船
の存在を察知することができるだろう。警告信号の吹鳴は海上衝突予防法の強行規定だが、
機関音に妨げられて聴取できないことが多く、また閉鎖した船橋内での聴取は期待薄であるし、
船舶の輻輳する海域ではどの船が吹鳴したかの判断が難しい。

 自船の存在を相手船に知らしめることで、大多数の衝突を防ぐことができるに違いないと
思っている。
 海難審判法はその第三条(海難の原因探求義務)第二項で船舶乗組員の資格、技能に係る
事由に因って発生したものであるかどうかを探求しなければならないのであるから、審理の
過程で当直者が航海者としての必須の知識を有しているかを否かを探求して、裁決に反映し
てもらいたいものだし、裁決では、精神論だけでなくハード面での有効利用の適否も、今以
上に指摘して欲しいと願っている。
  





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