コラム131 木星を船燈と誤認した話

 図1のような他船の燈火を船首方向に見たとしよう。 これをどのように解釈するか。図2
はどうだろう。 図1のばあい、
ケース1、左の緑は右舷燈では白燈の連携はマスト燈で、右方向に進航している長さ200
メートル以下の物件を曳航している引船 右の紅燈は帆船で左方に進航している。
ケース2、こちらに向かってくる船舶で、左舷の紅燈は消燈している。右はケース1同様に
帆船である。
ケース3、相手船は航空母艦である。真向かいの態勢で接近して来る状況である。
 いずれのケースかは、継続して見張れば分かるだろう。
図2は航行中に白燈1個を認めたものである。細かいことを言えば切りがないが、大雑把に
いって次のようなケースが考えられよう。
ケース1、錨泊中の船舶(船首尾に点燈されていても見る方向で片方だけしか見ることが
出来ないことがあるから長さは即断できない。)
ケース2、遠距離のマスト燈  
ケース3、港内でのろかい舟 ・小型帆船
ケース4、低高度の星
ケース5、船尾燈  
ケース6、陸上の燈火  
ケース7、不動白光の航路標識
 このように、燈火を見たからといって即断しないことが夜間航海の安全確保に欠かせな
い。燈火が何を意味するか、あるいは海上交通規則について一級海技士(航海)と小
型船舶操縦士の海技免状を有する者との間に知識の差があってはならないはずである。
 図3−1,3−2は海上交通安全法に定める燈火の例だが、海上衝突予防法のみならず
海上交通安全法、港則法等関係法令に定める燈火の知識は航海者必須の知識である。
 しかし、それは建前に過ぎず、実際は内航小型鋼船の当直者でも、少し複雑な燈火に
なると説明できない者は多いものである。 ヨット、プレジャーボート、遊漁船に乗船するの
に燈火の識別が完全にできないようだと、夜航海は控えたほうがいい。
 大東亜戦争勃発前、昭和14年(1939年)2月2日の未明のことであった。第28潜水隊
の伊号63潜水艦(昭和4年12月竣工保海軍工廠で建造された全長101メートル海大Vb
型水中排水量2300トン、水上20ノット、水中8ノット)は豊後水道水ノ子島燈台の西方で
当日07時30分開始予定の襲撃訓練の準備のため所定の配備点で機関を停止し、上甲
板のハッチを開き、手空きの乗員は艦外で一服していた。
 ところが漂泊していた伊号63潜の位置を自艦の配備点と誤認した僚艦の伊号60潜水
艦が伊号63潜に向かって接近し、右舷補機室にほぼ直角に衝突したのである。伊号63
潜は瞬時に沈没し81人が殉職し、伊号60潜は艦首を大破した事件があった。
 衝突した伊号60潜の艦長・当直将校の抗弁はこうだ。
 「伊号63潜の舷燈が見えず、艦首と艦尾の白燈を、それぞれ2隻の小型漁船だと誤認
した。そこでその中間を通過しようとしたところ、近距離で一隻の潜水艦だと気付いたが
時既に遅しでどうすることもできなかった。」 
 衝突時の速力は12ノットで、約200メートルに迫るまで潜水艦とは気付かず、当直将校
は気が動転してなんらの回避措置もとらず原針路、原速力のまま衝突したようである。
 この日は、04時46分が月没であった。おそらく衝突は月没後のことではなかろうか。
 プロであろうに、当直将校でもこんなチョンボをすることだってあるのだ。それにしても白
燈火2個が見え、しかも、ほぼ直角に衝突したというのに舷燈を認めなかったというのは何
故だろう。彼我<ひが>2海里に迫ったとき両白燈の見掛けの角度は僅か1度ほどであるのに
、迂回しないで、その間を通過しようとしたのはあまりに無謀だし、その位置が自艦の配備地
点と思っていたのだから漂泊用意のため減速しなければなるまいし、商船なら彼我2海里で船
長に予定地点に近づいたことを報告しているだろう。

 幕末軍艦咸臨丸の渡洋を成功に導いてくれたブルック海尉の日記に月を見て他船の燈
火と誤認した話がでてくる。
 「・・・舵を取っていた年上のジョー・スミスが霧のなかから昇ってくる月を見て舷側に寄っ
て来る船の明りだと思った。彼があまりに大声で叫んだので、私はほんの一寸船室に入っ
ていたのだが、そこまで彼の声が聞こえてきた。私はデッキに急いだ。その船らしきものを
見すえる余裕もない。光は霧の中からギラギラとにらんでいるようだ。 ・・・<中略>・・・
私がまさにラッパをとろうとした瞬間、それが月であることに気が付いた。
 トーマス・エービー・ガテスビー・ジョーンズ提督は、かってフリゲート艦に乗っていて、
木星を見て乗組員を戦闘配置につかせたことがあった。」
 この日1860年(万延元年)3月12日の月齢を調べてみると、19.2日の月である。日記
にはこの日の位置が書かれていないが、他の資料から推定できるだろう。緯度経度が分
かれば月出時刻が計算でき、この出来事が何時ころのことかを知ることができる。このような
誤認は、むしろ見張りを確かに行っていた証拠ともいえるだろう。

 夜間の航海では他船の燈火を確認し、その船舶の種類と状況を知りながら航行するわ
けで、このためには一般商船、ヨット、プレジャーボートを問わず、是非とも燈火形象物一
覧表を備え、機会あるごとにこれを見て覚えることが必要である。ただ、日本のこの手の一
覧表は燈火の射光範囲が分からない。例えば動力船の燈火表示の説明では、単に丸印
が表示されているだけであるから、真横からでは見えないはずの船尾燈も示されるなどの
欠陥がある。この欠点を補うためには下図(筆者作図)のような一覧表が有用だろう。
 アメリカの海上衝突予防法関係の解説書には同じ手法で燈火掲揚状況図を示している
ものがある。 
 英米の海事関係書にはイラストが巧妙で説得力があり、我国の同種書物は足元にも及
ばないものが多い。

 無灯火の船舶の存在も無視できない。スイッチを入れて燈火を点燈したつもりが、実は
電球が切れていて点燈されていなかった錨泊船は来航した他船と衝突したが、海難審判
で錨泊船側の一方過失とされたことがある。これはスイッチを入れても実際に点燈している
かどうかの確認を手抜きした結果だ。
 一般商船なら出航時、船首配置の乗組員は必ず燈火の点燈状況を船橋に知らせるべ
きだろう。 大小を問わず船舶の無燈火は少なくない。えてして、出航が日没少し前で、まだ
点燈するのは早過ぎると思い、そのうちに点燈しようと思っていたがスタンバイのどさくさ
に紛れて、点燈を忘れ無燈火で航行するのである。
 故意に点燈しない例もある。密漁船だけでなく一般の漁船や遊漁船でも無灯火が多い。
密漁船は、取り締まりから免れようと無燈火で操業するのであり、密漁でない場合は、舷燈
やマスト燈を点燈すると前方が見え難いから無燈火で航行するのだと抗弁する。手前勝手
な屁理屈<へりくつ>であろう。
 最近の海難審判裁決では相手船が無燈火であっても、必ずしも無燈火側の一方過失と
はならず、相手船側も一因とされることが多い。それはレーダーがあるのだから、有視界で
あっても、夜間はレーダーで周囲の監視を行うべきであり、そのようにしていたとするなら無
燈火船の存在を探知でき衝突回避に必要な措置を採ることができたに違いないということ
である。
 夜間当直であれば、当直交代15分前には昇橋したい。これは眼を慣らすためである。
前直者は次直者との引継ぎが、たとえ1、2分で終わったとしても、次直者の眼が暗闇に慣
れるまでは降橋してはならないのである。
 燈火の点燈は、自動点燈にすべきだ。新造時に自動点燈装置を標準仕様にしている造
船所もある。松山市中島の有限会社岡島造船所がそれだが、筆者が過去に訪船した小型
鋼船1、200隻ほどのうちで自動点燈船であったのは一隻もなかった。航路標識は自動点
燈だが周辺の照度が300ルックス以下で点燈するとのことである。港内で防波堤燈台が自
動点燈する様子から、その時の暗さを体感し、同様のときに点燈する習慣を身に付けよう。
 有視界の夜間でもレーダーと双眼鏡を活用しよう。燈火表示についての完全な知識がない
なら夜間航行してはならないのだ。
 桟橋係留中に舷燈など航海燈を点燈したままの小型旅客船やカ−フェリーは多々ある。同
様に係留中なのに緊急用務中の形象物を掲げたままの巡視船艇を見かけるが、法令を遵守
しなければなるまい。


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